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第1話 綱志(つなし)誕生~

2015/01/28

私の父は1944年(昭和19年) 

母は1945年(昭和20年)の共に6月生まれ
父は6人兄弟、母は7人兄弟で共に末っ子。

 

父はいわゆる満州生まれで、

終戦時の帰国はとても大変だったと
叔父が涙ながらに語っていたのが印象に残っています。

 

母は鹿児島は菱刈金山で名を馳せる

菱刈町(現在の伊佐市)生まれ。
芋焼酎で「伊佐美」や「伊佐錦」の産地です。

 

鹿児島で共に育った二人は、

大学生時代の学生運動で出会います。

 

父は学生運動を先頭切って仕切るリーダーでした。
学生運動と言っても、論戦を熱く繰り広げる団体です。

 

そこで二人は学生結婚しました。
 

私は、父が28歳、母が27歳のときに誕生
父は学生生協で、

母は看護師として病院で働いていました。

 

「綱のように、太くてたくましい志を持って欲しい」

そんな願いが込められて、【綱志】となります。

 

未だに、同じ名前の人とは出会っていないので

どこかで会えると嬉しいな〜。  

 

大学内の保育園に預けられていた私は
いろんな人からかわいがられ、
いやな顔ひとつせずに愛想がよかったようです。

 

当時の父や母の友人からは

「可愛かったよ〜」と、 
40歳を超えた今でも言われます。

 

自転車や車で移動する際、
信号で止まると泣いて、

動くと喜んでいたようで、

「止まると死ぬんじゃ~」という

間カンペイさんのギャグを
地で行っていたんですね(笑)

 

生まれたときの私は
首の筋肉が一部硬くなっており、斜頚でした。
母は時間があればマッサージしてくれていました。

 

この事実は、35歳を過ぎたころに

子育て日記を見つけて知りました。

 

中学のアルバムでは、

普通に自分では立っているのに
首を斜めに傾けてにらんでいるかのようです。

それは、これが原因だったんですね。

 

今でも写真を撮るときは、首の傾きを指摘されます。

 

小学校の転校初日の事件や中学時代のエピソードは
きっとこの為だったのでしょう。


そのエピソードはまたのお楽しみです(笑)

 

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